【相談者】2016年9月27日
私の母(64歳)のことでご相談です。私の母は、3年ほど前に歯科矯正をきっかけに歯に痛みが生じるようになり、近所の歯科を数か所渡り歩いて、いくつかの歯を抜歯し、神経そうはまで行いました。あちこちと歯をいじるうちに上の3番4番あたりのずきずきとした歯・歯茎の痛みと、唾液がぬるぬるするという症状に落ち着きました。
これらの症状は一向に良くならず、「あの時矯正なんかしなければよかった」「こんなに痛いなら死にたい」と話すようになり、食事以外は臥床してすごしています。ペインクリニックにも通院し、星状神経節のブロック注射を3週間に1回行い、リリカ、トラムセットやボルタレン(屯用)を処方されておりますが、現在も痛みはよくなりません。
三か月ほど前に、「非定型歯痛」ということばを本で知り、大学病院の歯学部を受診しました。そこで問診とレントゲンなどの検査と診察があり、「非定型歯痛」と診断され、精神科にまわされました。元々、うつ病の既往があり、エビリファイ3㎎、サインバルタ60㎎、リフレックス7.5㎎を近所のメンタルクリニックで処方されて内服しており、それらの薬の調整と、非定型歯痛で使用する抗うつ薬の処方のために精神科にまわされたようです。
6月半ば、最初の精神科の外来でお薬はサインバルタからトリプタノール20㎎に変更となりました。エビリファイとリフレックスはそのままでした。変更直後はやや調子がよくなり、食事以外の時間でも起きて生活できるようになりました。トリプタノール20㎎を約3週間内服した後、7月初めにはトリプタノール25㎎へ増量となりました。しかし、増量後数日してからまた調子が悪いといい、臥床している時間が増え、痛みとの闘いとなりました。トリプタノール増量による副作用かと思いましたが、2週間経過しても、口渇と合わせて、気分の落ち込みは改善せず、痛みもよくなりませんでした。
増量から3週間後の外来では、医師から「睡眠の改善を図って痛みを感じる神経の修復を行います」と話されました。母は10年以上前から21~22時頃就寝し、4時頃に起床する生活でした。歯の痛みが生じてからもリフレックスを内服すれば眠れると話し、睡眠には困っていませんでした。しかし、医師からは「4時に起床するのは普通ではない」と言われ、ジプレキサ5㎎が開始となりました。
1週間ジプレキサ5㎎を内服しましたが、起床後の頭痛が強く内服できなくなりました。医師からは、リフレックスを7.5㎎から15mgにしてもよいと伝えられていましたので、ジプレキサ5㎎+リフレックス7.5㎎(1週間)⇒ジプレキサ中止+リフレックス7.5㎎(10日間)⇒ジプレキサ中止+リフレックス15㎎(4日間)で内服してもらいました。リフレックスの増量では副作用もなければ、効果もなく、睡眠の状況は変わりませんでした。もちろん痛みも変わりませんでした。
そして、次の外来でジプレキサ5㎎は副作用が強くて内服できなくなったこと、リフレックスは15㎎まで増量できたこが状況は何も変わらないことを伝えました。すると、ジプレキサ2.5㎎で再開することとなりました。その後3週間は、ジプレキサ2.5㎎+リフレックス15㎎で過ごしましたが、ジプレキサによる副作用も出ず、しかし睡眠も変わらず、痛みも変わらず、暗い気分のまま過ごしました。
先日の外来では、やはり睡眠も変わらなければ、痛みも変わらないことを伝えましたが、リフレックスを30㎎に増量することになりました。睡眠に関するお薬を調整していただいても、睡眠どころか痛みが一向によくならないので、リフレックスとジプレキサの調整以外に他に方法はないのかと聞きましたが、明確な返答は得られず、お薬の調整はうまくいっていると医師は言います。
『痛みに睡眠からアプローチする』という、担当医師の方針も理解できなくはないのですが、母も私も、睡眠の調整をいくら行っても痛みはよくならないのではないかと思っています。3週間に1度しかない外来で、睡眠に関するお薬を少し調整し、しかし、母の睡眠(元々睡眠については困っていないのですが)も痛みの症状は変わらないため、明るい希望をもって通院をはじめたものの3か月間何も変化がありません。
母は薬こそ服用しているものの、「あそこにこのまま通っても私はよくならない。この痛みを治せる医者はいない。」「自分の体だからわかるけど、私の痛みは治らない。」などと言い、医師への信頼は無く、自暴自棄のような状態です。
何年も痛みがあることで、家事を含めていわゆるふつうの生活ができておらず、通院以外の外出ができなくなっています。痛みに固執すると、余計に痛くなるという原理を、本人も家族も理解はしているのですが、違うことを考えたり、誰かと出かけてみたりする気力は本人にはありません。
非定型歯痛にも精通しているはずの病院ですが、このまま睡眠の調整をしていけば明るい未来が待っているのか不安です。先生の見解をうかがえたら幸いです。よろしくお願いいたします。
【回答】口腔外科総合研究所 樋口均也
非定型歯痛とは歯や歯肉、顎骨に痛みの原因が見当たらないにもかかわらず歯の痛みが続く病気です。数件の歯科医院や歯学部の大学病院での診察で痛みの原因となるような問題が発見されなかったようなので、やはり非定型歯痛に相当するのだろうと思います。否定型歯痛に対する治療で中心となるのは薬物療法です。今まで多数の薬を試されているようですね。
リリカ 抗てんかん薬
トラムセット 麻薬系鎮痛薬とアセトアミノフェンの合剤
ボルタレン 非ステロイド系消炎鎮痛剤
エビリファイ 抗精神鎮痛剤(ドパミン・システム・スタビライザー)
サインバルタ 抗うつ薬(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込阻害薬/SNRI)
リフレックス 抗うつ薬(ノルアドレナリン・セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)
トリプタノール 三環系抗うつ薬
ジプレキサ 抗精神病薬(多受容体作動薬/MARTA)
これらはいずれも痛みを抑える効果があり、1種類だけでも少量でも聞く場合があります。残念ながら、今までのところはっきりとした薬の効果は実感されていないようですね。効果のある薬の組合せや容量を試行錯誤しながら探していく必要がありそうです。痛みに対しては漢方薬も有効なので今までの薬に加えて漢方薬も試されるのもよいかと思います。
薬物療法以外に運動療法、栄養、マッサージ、はり治療、理学療法、心理療法なども痛みを和らげる効果があります。痛みに対する心理療法として認知行動療法は有効性が確認されています。
痛みが続くと気が滅入ってしまい、日常生活にさまざまな支障を来します。冷静に考えれば痛みのせいで何もできなくなるということはなく、痛みがあってもできることは多くあります。しかし、痛みに気を取られ、できることでもであってもできないと誤って思い込んでいることが多いのです。
認知行動療法では、痛みと日常生活との関係などを客観的に分析できるようにすることで痛みへの対処法を探しています。痛みへの対応を身につけることができると痛みそのものが消えてしまう場合もあります。
ストレスなどの心理的要因や人間関係などの社会的要因で痛みが生じている場合もあります。このような場合は心理療法のみで痛みが消えることもあります。
【謝辞】2016年9月30日
樋口先生、お忙しい中、ご丁寧なお返事ありがとうございます。ペイんクリニックの方で、ご提案いただいた漢方などについて相談しようと思います。治るのに時間がかかるとわかっていながらも、なかなか現状が変わらないというのは辛いことですね。また何かありましたからご相談させてください。ありがとうございました。